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なくなる場所。
新しい場所。
変わる場所。
変わらない場所。
新しい場所へ、新しい人と訪れるときは、空気すらも今まで知らなかったもののよう。
驚きや、感動や、味気なさ、居づらさ、良いも悪いも全てをひっくるめて新しい感覚に触れる。
今まで未開だった琴線に触れる。
そのことだけで、たとえ負の要素ばかりの場所であったとしても、満足出来る。
それは、知らなかったことを知ったから。
知りたい。
知りたい。
知りたい。
その欲求は、ある種人間の特権と言っても良いのではないだろうか。
渋谷という知っている場所。
フレという知っている場所。
渋谷のフレという知らなかった場所。
代官山という知っている場所。
クラブという知っている場所。
代官山のAirという知らなかった場所。
青山のルバロンという知らなかった場所。
洋服という知っているもの。
アパレルというイメージだけのもの。
仕掛け人という知らなかった人。
ファッション系という知らなかった集い。
Yellowというなくなった場所。
それを髣髴とさせる空間。
それとは本質的に異空間な場所。
外タレに踊らされる者。
踊らされなくとも、躍らせるには色々が足りない者。
とりあえず、昨晩の地下水は汲み上げる必要はなかった。
という確信。
Peace To Nico,Nori,Mikihito,Jitensya-wo-hikkurikaesu-Musume/Men-Chan.
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昨日の。
不安と不満の戯れの夜を前に眺めた「日」。
表参道へ行き、familyへ行き、laなんとかへ。
帰りは思いっきり道を間違え、頭痛をお供に第一京浜を暴走。
転倒。
負傷。
満喫はしたんだけど、何やってんだか、な一夜。
良いことと悪いことは本当に重なる。
今年の夏からは顕著。
色々の意味で、起点になっている。
何年経ってもそう思うだろう。
慌ただしさの中で埋もれてしまうのは得意技。
失敗は必ずついてくるけれど、我慢出来なくなるまでの辛抱。
喉元過ぎればというやつか。
一方、まだまだキャパシティはあるけれど、止めておきたいことは止めておく。
もっと、他の視界が欲しい。
今は。
知ってる景色は懐かしく、居心地も悪くないけれど、進歩がない。
進歩させるのは自分だと知っているけれど、そちらには行きたくない。
今は。
酷なのは知ってるつもりだけど、やっぱり今はまだ。
そんな気持ちが強い。
日はまたのぼる。
のぼるは何かに沿って上がること。
道筋は昔から決まってる。
花火は打ちあがる。
来年も夏になれば。
あがるは何かに沿うではなく上がること。
低いところから高いところへ。
複線はない。
それが欲しい。
2008年、明けて2009年。
40のあなたは何処へ連れて行ってくれるのか。
壊れた人は、壊れた人と対になるのですか、と問いたくなった。
「でも転ぶときってほとんどが楽しいとき。楽しくて楽しくて、夢中になって、そこに危険なものが待ち構えていることに気がつかない。だから出来るだけ楽しくならないようにしてた」
わかってしまう感覚。
ちょっと悲しい。
反面、皆そんなもんでしょ、とも思う。
物語の中、表紙にもあるガスタンクが印象的に登場する。
読みながら、なんだか懐かしいなと思っていた。
家の近所の東彩ガスのガスタンクかと思ってみたけど、なにかしっくりこない。
読み終わる頃気がついた。
俺が最も痛んでいた頃に、痛みを中和してくれた課長の車から眺めた、板橋だか練馬だかのガスタンクの像と重なって懐かしかったんだと。
好きな本にも種類がある。
人にすすめたくなる本と、そうでない本。
そうでない本というのは、感動が薄いとか、そういうことではなくて、あまりにも自分にしっくりきて、良し悪しが客観的に判断できないということ。
この本はそれだ。
厳密にはStockではなく、引退。
少し前から各所からの異音が目立ち、更に最近乗らなくなったので、バラした。
さらば¥9,800+α自転車。
さらばYEBISU号。
そもそも今の職に就くきっかけになった自転車。
前職ではかなりの運動不足で、更に一人暮らしとともにクラブ活動が盛んになってビールっ腹が気になりだしたために購入した折りたたみ自転車。
サドル交換、シートポスト交換、なんちゃってアヘッド化、ハンドル交換、ワイヤー交換、ホイール交換、多段化、無理矢理フロントダブル化、ブレーキ交換、パンク修理、タイヤ交換、バーテープの巻き方、クランク交換、BB交換、チェーンリング交換、カッティングシートでロゴ作成、チェーンリングガード作成、などなど様々の経験をさせてくれた自転車。
多摩川ではチェーンラインの重要性を学び、狭山湖ではファイブピンの重要性を学び、自転車で温泉へ行っても帰路で汗だくになるためあまり良い選択ではないということ、都内を移動するには最適だということを学んだ。
といいつつも、最も役立ったことといえば、ぶっ壊れそうな俺の気を紛らわせてくれたこと。
世にもありがたい自転車。
お疲れ様。
高橋尚子の引退と引っ掛けたわけではない。
いつかのアジア大会。
炎天下での一人旅。
その時あなたを克明に記憶した。
それ以来、いつ見ても走っているあなたは美しかった。
お疲れさま。
ありがとう。
これからもあなたが輝いていられるような仕事をしてくれることを、切に願う。
炎天下での一人旅。
その時あなたを克明に記憶した。
それ以来、いつ見ても走っているあなたは美しかった。
お疲れさま。
ありがとう。
これからもあなたが輝いていられるような仕事をしてくれることを、切に願う。
繰り返しになるが、俺は父がいないものと思っている。
実際には死んだわけでもないし、生まれた時から知らないというわけではないが、一般に多感な時期と言われる中学の頃から帰宅しないことが多くなり、高校の頃にあらぬ失態をしでかしたうえに蒸発したからだ。
まだ離婚をしておらず、居場所もわかってはいるが、10年位顔を合わせていないのが現状。
そもそも俺の父というのは、普通に家に居るときから、父親の役目というのを果たせていない気がしていた。
父親然としたところがあまり伝わってこなかった。
ただ単に自分の感情を人に伝えるのが苦手な人だったのだというには、無理があるほど何を考えているのかわからないところがあったと思う。
そうして育ってみると、俺には世間一般でいう「父親」というのがどんな男なのかわからない。
果たして自分が将来父親になれるのだろうかということにすら不安が残る。
だから、俺は未来に父親となることがあるのならば、こんな父親になりたい、などと想像することが多い。
わからないからよく考えるのだが、果たしてそれは、実践に基づいたものではないのは明らかで、大きな過ちが潜んでいるかもしれない。
なぜなら、俺には「あの時父親にこう言われて嫌だった」とか「悲しかった」とか「嬉しかった」とか「楽しかった」とかいった思い出がないのだから。
つまりは「傾向と対策」が皆無なのだ。
この本は、傑作だ。
こんな父子は良いなと思った。
作家の父は45歳、子は男の子で10歳。
母は27歳、妹は8歳だが、父は少年と、母は少女と別々に暮らしている。
子「これなあに?」
父「卵のマリブ風さ」
子「それはどういう料理なの?」
父「私がマリブで料理した卵さ」
この父の返答は、人を小バカにしたような受け答えだが、子の好奇心は尽きない。
子「なにが入ってるの?」
父「オリーブ油。オリーブ油はバターより安いし~以下略~」
~10/卵~
美術館にて
子「あの馬に乗っている人はだれ?」
父「だれかつまらん男さ」
子「こちらのつまらん男はだれ?」
父「考える人だ」
子「彼は何を考えてるの?」
父「自分のことさ。あらゆる考える人が考えることというのはそれなんだ」
子「彼の服はどこにあるの?」
父「うちさ」
子「彼がいるのはどこなの?」
父「そこさ。つまりアートの中さ。ロダンという人があの像を作った。とてもいいものだとされている。だけど最近はなにもかもあんまり悪いので、悲惨でさえなければそれはとてもいいということになるのさ。~中略~今ではちょっとしたいいことをすることすら、誰にもできないんだ。」
~36/扉~
父「~前略~と、同時に、私はまた、それらの詩に満足もしてないんだ」
子「どうして?」
父「もっとよくなるべきなんだ。今のままでも水準にはいってるよ、しかし、それじゃ駄目なんだ。並はずれてなきゃならんのだ」
子「でも、中には並はずれてるのもあるんでしょ?」
父「部分的にはね。でも一篇全体が並はずれてるのはないんだ。私が書きたいと思ってるのは全体が並はずれてるような詩なんだ」
子「いい方法があるよ、父さん、僕、絶対いいと思うんだ」
父「どういう方法だね?」
子「短い詩を書けばいいんだよ。すごく短いの」
父「非常によろしい」
~46/氷~
子「世の中の人たちって、どうしてあんなふうなんだろう(土地とか金を欲しがるんだろう)?」
父「さぁ、私には判らんが―しかし、世の中の人たちはそんなに悪くないよ」
子「あなたは人人が好き?」
父「人人が好き? とは何ということをいうのかね、私がその〈人人〉なんだよ。もし私が人を好きじゃないなら、私は全く生きる気がしないだろうよ」
子「Oh」
父「Ohは輪だよ」
~48/目~
難しい話がとてもユーモラスに変わる。
そして少年は素直。
物語の最初に、父は子に「小説を書け」とすすめる。
少年は書き方を知らないよと多少不満を抱きつつも、物語を書こうと努力し、色々なことに考えをめぐらせる。
そして逐一父に相談をし、父の考えを伺う。
この父は、少年の質問に必ず答えてやる。
答えに窮すれば、ヒントを与える。
あるいは、答えは一つではないのだという答えを与える。
それでも、綴りが苦手な少年は、考えるのにも疲れきり、小説を書くのをやめようとも言い出す〈というか本作品中少年はほんの一文すらも小説は書かない。
それでも、父の背中をデカイと感じた時こう言う。
子「僕帰ってきた」
子「僕はまた作家に戻ったんだよ、父さん。あなたはお料理の本と戯曲を書けばいい。僕は小説を書くよ。僕はどうやって書くか学ぶつもりだよ」
父「本当かね?」
子「神様に誓って本当だよ」
父「でも、どうしてなんだね?」
子「父さん、あなたわからないの? 僕もあなたと同じように作家である他ないんだよ」
父「なるほど―私は思うんだが―おそらく、この瞬間こそが私の人生の中の一番誇らしい瞬間なんだろうね」
~63/雨~
その後、彼らはちゃんと気付く。
人間の人生こそが一篇の小説だということを。
そして、残すに値する人生を生きることこそが、重要なのだ、と。
というまとめの本かな、と俺は思った。
こういう父になりたい。
が出て行く感じ。
カキがようやく落ち着いてきた。
カモと同じ様な症状。
終わりかと思うと不意に襲いくる痛み。
お陰で、トイレに置いてあるクソみたいな本をだいぶ読み進むことが出来たが、まだ1/4残っている。
なにはともあれ、身体的な毒は自浄作用によって排出されて治癒するが、もっと深くにあるものはそうはいかない。
全部全部正直にいってしまうと、色んなところにぶつかって、人も自分も傷つける。
ま、それでも前言撤回なんてのは、滅多にしない。
するとすれば、酩酊した勢いでの行為の訂正、あるいは、思考が変化するに足る時間を持ってする。
今までずっと。
そういう性。
距離感ってのが、今更ながらわかっていないのだと自覚する。
どのくらいまでならこんなもん。
これくらいだと近すぎる。
それじゃ遠すぎる。
というのがわからなすぎる。
分かると判ると解るの使い分け方位わからないことが、随分沢山転がっている。
物事が分かるということは、判断出来るということで、理解が出来たから判断出来るのだろう、それである法則なんかが理解できないと物事は分からないし、と思うと何が何やらさっぱりわからない。
三竦み、メビウスの輪には答えがない。
墓場まで持っていく荷物というのは、なるべくなら少ない方が良いな。
せっかく全てが終わるのならば、手ぶらに近い身軽で逝きたいものだ。
カキがようやく落ち着いてきた。
カモと同じ様な症状。
終わりかと思うと不意に襲いくる痛み。
お陰で、トイレに置いてあるクソみたいな本をだいぶ読み進むことが出来たが、まだ1/4残っている。
なにはともあれ、身体的な毒は自浄作用によって排出されて治癒するが、もっと深くにあるものはそうはいかない。
全部全部正直にいってしまうと、色んなところにぶつかって、人も自分も傷つける。
ま、それでも前言撤回なんてのは、滅多にしない。
するとすれば、酩酊した勢いでの行為の訂正、あるいは、思考が変化するに足る時間を持ってする。
今までずっと。
そういう性。
距離感ってのが、今更ながらわかっていないのだと自覚する。
どのくらいまでならこんなもん。
これくらいだと近すぎる。
それじゃ遠すぎる。
というのがわからなすぎる。
分かると判ると解るの使い分け方位わからないことが、随分沢山転がっている。
物事が分かるということは、判断出来るということで、理解が出来たから判断出来るのだろう、それである法則なんかが理解できないと物事は分からないし、と思うと何が何やらさっぱりわからない。
三竦み、メビウスの輪には答えがない。
墓場まで持っていく荷物というのは、なるべくなら少ない方が良いな。
せっかく全てが終わるのならば、手ぶらに近い身軽で逝きたいものだ。
唇に毒を塗って僕の部屋に来たでしょ
あなたのKissでもう体も脳も溶けてしまいそう
~19才/スガシカオ~
9という数字。
あと二年半弱で29になるな、と思った。
夢占いで言うところ、二は対立や葛藤、また、「母なるもの」を表す。
三は新たな可能性や想像、「父なるもの」や「神」のイメージ。
九は三の二乗。夢のイメージだと「天と地と冥界」を結ぶイメージ。また人間の「精神と肉体と魂」の統合のイメージとも言われる。この九が三つ並べば、ノストラダムスでなくとも何か予言したくなる気持ちはわからないでもない。
~オカルト/田口ランディ~
9というのは何かの終わりであるようで、次のステップへのきっかけや準備であることが多い気がする。
俺は、ずっと19を引きずってきているのではなかろうかと、ふと思った。
要するに進んでない。
ところで、スガシカオの19才のPVを観て少し驚かされた。
ポップミュージシャンのPVじゃないなと。
なかなかやるじゃんと。
御時世を考えたら作れない作品だなと。
何も出来が良いというわけではないけれど。
あなたのKissでもう体も脳も溶けてしまいそう
~19才/スガシカオ~
9という数字。
あと二年半弱で29になるな、と思った。
夢占いで言うところ、二は対立や葛藤、また、「母なるもの」を表す。
三は新たな可能性や想像、「父なるもの」や「神」のイメージ。
九は三の二乗。夢のイメージだと「天と地と冥界」を結ぶイメージ。また人間の「精神と肉体と魂」の統合のイメージとも言われる。この九が三つ並べば、ノストラダムスでなくとも何か予言したくなる気持ちはわからないでもない。
~オカルト/田口ランディ~
9というのは何かの終わりであるようで、次のステップへのきっかけや準備であることが多い気がする。
俺は、ずっと19を引きずってきているのではなかろうかと、ふと思った。
要するに進んでない。
ところで、スガシカオの19才のPVを観て少し驚かされた。
ポップミュージシャンのPVじゃないなと。
なかなかやるじゃんと。
御時世を考えたら作れない作品だなと。
何も出来が良いというわけではないけれど。
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